人が不幸になる原因は単純です。
世界ニュースを見ているとよくわかります。
ぱよぱよちーん事件
まずはF-secure社員が個人情報を勝手にばらした事件。
大手メディアはまともに報じず、社員の中には復讐心を持つ人もいます。
すなわち「お前らが大ごとにしたせいで社員が辞めさせられた。
広めた連中全員の個人情報をばらしてやる」
結果として、こうのべた人の個人情報が明らかになりました。
職場も明らかになり、多数のクレームメールが届いたとのこと。
確かに仲間なら復讐心を抱く気持ちもわかる。
しかし立場がありますし、元は私情からやったこと。
どこかで自分たちの行為を客観視しないとわからないのです。
客観視で分かる方法として、誰かにやられるとわかりやすい。
個人情報をばらまくといった人が反対にばらまかれた。
そこで初めて自分がやろうとしたことの愚かさに気づく機会となる。
でも自分は被害者だ、被害者だ……と思ったらだめ。
加害者になってしまうと、どんな理由があろうとも自分に跳ね返ってきます。
新潟日報の部長もやった
新潟日報に勤めていたジャーナリストも同じことをやった。
結果、自分が追い込まれてマスメディアにて、実名報道された。
彼は自分の意見に反するものに対し、ここで書けないほど罵倒を繰り返した。
ある日、弁護士に対しても同じことをやり、しかも嘘まで書いて罵倒。
すると弁護士として何かを伝えたのか、焦って実名報道で謝った。
弁護士は彼の名前をきちんと乗せた。
まあ、普段から毒を吐いてばかりいると、必ず自分に跳ね返ってきますね。
加害者となってやり返す
加害者は基本、被害者感情を持つことから始まります。
自分が被害を味わったから、相手にやり返すことで気持ちを満足させる。
でも、たいてい加害者としてやり返すと不幸な道が待っています。
誰からもやり返されないのに、不幸な神様が取り付くようになってしまいます。
なぜでしょう? 加害者になるということは自分を客観視できていないからです。
自分の行為を外から見る。その機会として不幸になってしまうのです。
不幸から脱却するには
ただ一つ、見たくもない自分の姿をきちんと見る。
逃げない、言葉で否定しない、認める。
単純だけど難しい。
例えばぱよぱよちーん事件において、やらかした社員は自分に対し、
「自分はやった、やってしまった」と認める。
後はいろんな考えや感情が押し寄せてくるので、それらをすべて受け止める。
受け止めるには何か紙に書いてメモしておくとよいですね。
同じように自分が不幸だと感じているなら、不幸と思うことをすべて書く。
全て紙に書いたうえで押し寄せる感情すら紙に書きうつす。
後は時間にゆだねると、自然と不幸なことが消えていきます。
ぜひやってみてください。