「私をいじめていた人がいます。
彼は結婚して子供を産み、幸せな生活を送っています。
それに比べて私ときたら……これじゃあまるでいじめられ損じゃないですか。
私もですが、世の中って馬鹿正直が損になるような生き方なのですね」

と、私の知り合いが愚痴をこぼしていました。私は彼女に言ったのです。

 


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人の生き方

「確かに虐められて今も嘆いているあなたの生き方は損に見える。
でもちょっと考えてほしい。あなたはいつまで虐めた人に縛られるの?
あなたの人生は虐めた人を復讐するためだけにあるの?
違うと思うよ。自分を観るのが怖いから、相手を見ているんでしょ。

もっと正直に生きていいんだよ。あなたの生き方は正直じゃない。
自分の心を偽った嘘つきな生活を送っている」

 

自分は自分、相手は相手

「あと一つ。虐めた人間はその人なりに試練がある。
あなただってあなたなりに乗り越えなければならない問題がある。
人それぞれ問題が与えられて、乗り越えるものは違う。

虐めた人間は許さなくてもいいけれど、もっと自分の生き方に目を向けたほうがいい。
このままじゃあなたは一生、虐めた人間を復讐するためだけに人生を費やしてしまう。
その人だって、あなたの知らないところでは辛酸を味わっているかもしれない」

そういうと、私の知り合いは否定します。
「あの人は楽しい生活しか情報が入ってこない」と。
でも、楽しい情報しかその人の耳に入っていないから、そこしか浮かばない。

透明人間にでもなって、1日中見張っていない限り、その人がどんな気持ちを持っているか?
確かに自分がいじめた行為は忘れているでしょう。
人間、自分の罪は忘れるようにできていますからね。

ただ、自分が忘れてもいじめを受けた人はいつまでも記憶に残ります。
また、忘れて一生をありがたく終えるかと言ったらそうでもない。

家庭内のごたごたなどにより、忘れた行為を思い出すこともあるのです。
さらに言葉に出していないだけで、実は常に思い出しておびえているとか。

 

自己を振り返られない苦痛

結局、いじめを行う自分に嫌気を持たない人は己を振り返らない。
この時点で同情を持たない、避けられる人生となります。
今はいいのですが……年を取るとだんだん一人になっていきます。

このとき、恐ろしいほどの孤独がやってくるのです。
孤独ほど自分を振り返る良い機会となります。

しかし、振り返らない人にとって最も苦痛となる人生を味わうのです。
そうならないよう、あなたは常に自分を観てくださいね。

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